2024年6月18日火曜日

2955:JICAさんも大変だ(組織と人材)

昔々、いつだったか、2006年ごろか。中央アジアの某国の地方給水の無償事業の事前調査に参加した。この事前調査も3回目。相手国政府の対応が悪く、必要条件をなかなか満たせない。通常は団長は本店課長とか現地事務所次長とかなんだけど、なぜか本店の次長さん。当時は無償部という強力な部があって、次長でもとんでもない権力を持っていました。その次長さんだからびっくり。 ウズベキスタンのタシケントまでインチョン経由だったか夜行便。その次長さんは着くまで一切寝ていない。どうして?と気になったが、無事に到着。 次の日の早朝、タシュケントから四駆で移動。対象国の第2の都市で一泊。予定では空路で首都に移動。前日の夜は盛り上がってビール、そしてウォッカ。。。次長も楽しくなってきたのウォッカをお飲みになった。 さて、次の日、空港行く時間まで余裕があったが、次長さんがお見えにならない。業務調整の若手職員があたふたしている。次長さんが心臓麻痺のようだと。 緊急事態だ。3つの選択肢。一つはローカルの医者が勧める特効薬を打って第2の都市で入院。二つ目は、陸路で次長さんだけタシュケントに戻って入院。3つ目は、予定通り首都に空路で移動し、到着次第入院。 結局第3の選択肢を採用。無事に首都に着き緊急入院。その後退院され現在もお元気だ。 さて、彼がどうしてそういう気落ちしていたかだ。実は彼が告白したのは次の通り。 彼もイケイケの次長さん。当然、次は部長と考えていたが、上司の部長からそれは叶わないといわれたそうだ。さすがにこわもての次長さんも落胆された。大体、JICAも民間企業と同じサラリーマン組織。50歳前後で出世するかしないかの瀬戸際になる。 彼は結局定年前の何年か子会社の事務局長に収まり、定年直前で監査室長、そして退社。退社後はあるコンサルの非常勤顧問で現在に至っている。69歳ね。彼に対する待遇は悪くない。プライドを失うことないしね。 次のケースは、最近のこと。南米の流域管理の技プロ。前段で僕が案件形成調査を3か月やった。担当者曰く、どうも林野庁が官の技プロでやりたいと。コンサルのほうが成果出ると思ったけどね。その後プロジェクトが進んだ。2年経って、流域管理計画と浸食堆砂の2つの専門家が派遣されるとのこと。あれ、それまでの2年間はなんだったの?素朴な疑問だね。 実際、団長はJICAの職員。定年まで4年。だからそれを終えたら定年だよと。。。 彼も非常に優しい親切な人。ただし、流域間に関してはまったくの素人。僕が失った2年間を何とか取り戻した。彼もつらかっただろうけど、プライドは傷つかなかったね。まだいいほうだ。 最近、ある事業で定年前と定年後のお二人に会った。定年前の方の肩書は専任参事役、定年後の方は企画調査員。変な肩書。前者は課もなくお寂しい肩書だ。後者はもっと厳しい。企画調査員というのは通常外部者で公募で選ばれる補助員。お二人とも輝かしいお仕事をされているのは知っていたので、経歴と実力にマッチしない雑用要員の立場に同情を感じたね。 独法も省庁の子会社。省庁の方は天下りの機会があるが、子会社はかなり難しい。ほとんどないんじゃないかな。準公務員とか言われて現役時代はいいが、定年前定年後は大変だね。 もっと自由な方もいて、定年前にあっさりJICAを辞めて、ボランティアをやっている人もいる。内心どうかは不明だが、まあいいんじゃない。 僕なんかコンサルの渡り鳥。いつ引退できるか不安です。次から次へとヘッドハントされるのもやめるタイミングが難しい。今はプロマネが非常に不足しているので70代でもオーケーだとさ。それだけ50代の経験値が低いということだね。

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