今回提出する作成文書の総ページは、およそ500ページ。
結構な量ですね。一人で作っているわけですからね。別に量で勝負じゃないけどね。修士論文としてはOKだし、ちょっと真面目にやれば博士号にも通じるかな。
あんまりそういうの興味なし。コンサルでも博士号取れば評価されると頑張る人結構いるんですね。ある社会開発系の社長兼団長が持っていて、周辺から結構評価されているんですね。実際、彼は水資源の貯水池運用最適化で博士号を取っていて、地域計画なんか専門じゃないんですが、それは皆さん知らない。それで、彼を見習って、兎に角、博士号を取れば何とか評価されると錯覚しているんだね。天才級の人は博士号を30代前半で当たり前に取って、その後数十年も論文を書き続けて有名になるんですね。クレメシュ、ビスワスなんかそういう感じね。
実際に取った人もいる。その人は今アメリカの国際機関にいるけど、もう定年かな。大した業績はなし。別の人はトライしていたけど挫折。すでにクライアントのブラックリストに入っていて応札しても不合格。また別の方は、これからトライするそうでご苦労様ですね。そんなもん取っても精々国立大学の非常勤講師。コンサルじゃ、別に特別扱いはされない。結論を言えば、コンサルに博士号は要らないってことだね。余談でした。今や、医者や弁護士も貧困状態なんですね。資格って意味ない。
余談の余談だが、メールとかドクター級の学者などに問い合わせとかすると、返事には必ずDr. で帰ってくる。そうみられているんでしょうね。恥ずかしい思い。LinkedInでメールが来るけど、こちらもDr.だね。そういう感じに見られるのはとっても恐縮しちゃうね。
さて、この4か月は、ずっと首都に滞在。レポートばっかり作っていたのでした。
「守破離」って以前書いたけど、日本の武芸などの極意。
コンサルとして、最初の20年くらいは、「守」。兎に角すべての業務の初歩から応用まで学んで実施してきた。まずは先輩や上司に言われたこと、型を「守る」ところから修行が始まる過程だ。実際、最後の10年くらいは、この会社に対しての忠誠心はなくなっていて、心は、「離」だったね。離れて幸い。
次の過程は、「破」。最大手コンサルを卒業して、素人コンサルの2社で5年間継続実施。型を自分と照らし合わせて実践することにより、自分に合った、より良いと思われる型をつくることにより既存の型を「破る」過程だ。僕は成長したが、社員たちは全くなし。
最後は、今の会社に移籍し5年になる。これが「離」。先輩や上司の型、そして自分自身が造り出した型の上に立脚し、自分自身と技についてよく理解しているため、型から自由になり、型から「離れ」て自在になることができた。
さて、60歳になる今年から、「離」の最骨頂に入るでしょうか?
仙人や老師になるわけではないが、現役のコンサルあるいは専門家として末席を汚しながら継続するだけですね。末席にいると物事が良く見えるんですね。
「離」から「空」に移行するかもね。
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