2014年11月29日土曜日

2580:パラグアイのレストラン「広島」か

アフリカから帰国して早や3か月近い。日本にいるときは休暇だ。

次の案件を待つ。

さて、首題。

テレビ東京の世界の日本食堂シリーズの再放送をさっきまで見ていた。

パラグアイの第2の都市エンカナシオンにある日本レストラン「広島」のお話。

実は、レストラン広島には2012年に一度行っている。アルゼンチンとの共同水力プロジェクトの見学と入植地の森林管理の実情を見に行った際一泊し、通訳のK君と運転手を連れて夕食に。

あの広島の店構えと食堂内部が懐かしいね。

パラグアイ農業移民のことは以前書いたが、農業で成功しなかった移民の人たちは都会に出て商売をすることになるのが普通だ。

養鶏やスーパー経営などで大成功した人もいるし、ホテルやレストラン経営者も若干いらっしゃる。

首都アスンシオンの老舗内山田ホテルの内山田さんの事情は知らないが、レストラン広島は、今では首都でも展開している。そこにも行った。

広島さんも成功者の一人でしょうね。

先日見たパラグアイのおばあちゃんもそうだが、女性は強いね。子供を育てるという使命がある。男性は一生懸命働くが多くは力尽きてしまう。

日本に数か月居ると早く成田を飛び立って未知の国に行きたいと思うのは、職業病でしょうかね。

まあ今年いっぱいは日本ですな。クリスマスとお正月でのんびりして、来年早々にはは海外に行きたいものです。日本にいても書くことないのがね。。。

2014年11月25日火曜日

2579:パラグアイのどこなんだろう?

帰国してテレビを見る機会が増えたが、テレビ東京はいいねえ。

昨日見た、

Youは何しに日本へ

世界ナゼそこに?

は、特にいいねえ。

日本人も英語できないと言われ続けているけど、外国人は日本人に英語力を期待していないんですけどね。素朴さと誠実さあればいいと思うよ。

後者は以前から見ているけど、何回に一回は南米日系移民の人が登場。

今回は、パラグアイ。

普通パラグアイのどこかが出て来るけど、何かの事情もあるのか場所を示す情報はなし。

60年前にパラグアイに農業移民者として移住したおばあちゃん。89歳。玄孫までいる。移住前後の悲痛な歴史が語られた。詳しくは、テレビ東京のサイトで見てください。

パラグアイは、2011年から12年にかけて行っている。イグアス湖の流域管理。

首都アスンシオンでは、日系の内山田ホテルに長期滞在。一日30ドルは助かった。朝飯は和食のビュッフェ。おかみさんから、「あのSさんの息子さんですかと?」と言われてビックリ。Sさんは日系人社会では結構有名なんですねえ。

いくつかの入植地にも行ったから、番組で出てくる風景はなじみがあったけど、場所を特定できなかった。

パラグアイの移民もいろいろあってね、成功者とそうでない人の差があまりにも大きい。

だから、番組で語られる状況が良くわかる。ブラジルと違って日系人は6000人くらいか。ブラジルは100万単位だから、パラグアイは村のような状況。いいこともあるけど、村社会的な嫌な面もあったようだ。日本に戻った人たちもいる。

2世ぐらいの世代は、日本語とスペイン語両方できる。戦前のハワイや加州と同じ。3世になると日本語ができる人はかなり少ない。

また行きたいと思うけどね。一期一会のコンサル稼業だから、なかなか観光でいくことはないけどね。チーパ(素朴なチーズパン)は懐かしかったな。

2014年11月24日月曜日

2578:カンブク君からのメール

彼の地での業務は、2009年から2年間であった。

南部アフリカの内陸国。数か月前まで1年半滞在した隣の国だ。

政策アドバイザーとして在席したのは、かんがい水資源開発省。

カンブク君は、なかなか優秀な若手の職員だった。赴任して2回目の出張の時、僕の執務室にやってきた。

第1印象は、礼儀正しい賢そうな青年に見えた。実際そうだった。

英語もかなりできるし、隣国の大学院に留学して戻って来たのだった。それ以来、1年半のお付き合い。

それから3年後に省を辞めて自分の会社を設立したと隣国出張時に知った。

突然彼からメールが来て、今筑波大学大学院に入ったとのこと。

へー、アドバイス通りになったねえ。

実は彼のような青年に日本政府の留学制度を教えて、実際日本に来た留学生は二人目だ。

一人目のズーバイ君のことは以前書いたが、中央アジアのタジキスタンであった時に日本に来て博士号を取ることを勧めたのだった。

もう一つの偶然は、二人とも筑波大ということ。

東大じゃないのか?特に水セクターは、東大か京大。筑波大はねえ。。。

まあカンブクの判断だからしょうがない。

しかし、途上国の優秀な青年が日本で博士号を取ることはいいね。そういうポテンシャルのある優秀な青年に良きアドバイスできたことは幸いだ。結果を出しているしね。

カンブク君からモバイルの番号ももらったので今度連絡してみますかね。



2014年11月23日日曜日

2577:今川中学21期還暦同期会

窓のガラスが曇るようになって何日が経ったか。昨日あたりからACの暖房を入れた。

さて、昨日は午後から首記の会に参加した。5年ぶり。2009年11月のブログにも書いた。

今回は2次会から参加した。場所は久々の御茶ノ水。あの辺もずいぶん変わったね。

すでに1次会参加者が大勢集まっていた。60人くらいか。

幹事さんの報告によれば、21期の同級生は全員で280人くらい。6クラスだったから、一クラス45人くらいだったようだ。そのうち、連絡がついたのは、190人。内、110人から参加不参加の連あり、最終的な参加者は60人。50人は残念ながら不参加だったようだ。45年も経っているから大成功であろう。

僕は、5年前の参加以来2回目となる。すでにお知り合いもいるので、自然と馴染めた。もう60歳だし、壁の花(女性ではないけど)にはならないで済んだ。

2次会から、カラオケの3次会、幹事さんの打ちあげ会(山の上ホテルのワインセラー)にも参加。幹事さんはほんと大変ですね。そういう裏話を聞くいいチャンス。ネット利用の同期会サイトでも作るといいかもね。

15歳から60歳。人生いろいろだね。それぞれに歴史あり。参加して良かったと思う。完璧アウェーの中学時代というのもいい修行だったと思う。僕自身コンサルタントなので当事者意識が薄く、人様の話を聞くのが好きなので、面白い話をいろいろ伺って面白かった。具体は言えないけどね。昨今は個人情報にうるさいのでね。名簿自体なしということでした。

あるアフリカの案件は残念ながら失注。それで、同期会にでられた。案件は、森林管理だし正直専門外。5社中3位だから、森林管理案件応札のいいサウンディングになったかも。

同期会で元気をもらったので、60歳からの第3の人生をはじめましょう。サラリーマンからフリーランサー、そして。。。

元関西電力の足立さんからも、「60歳からの10年は面白いですよ!」と励ましてくれましたね。彼も74歳、まだまだお元気だなあ。そういう大兄がいっぱいいるのでよきアドバイスが得られるね。

2014年11月18日火曜日

2576:FF行動とは?

明日は、勉強会で発表する。

テーマは、ある案件の報告会であるが、内容はちょっと変えようと思っている。

Anger Management

という管理領域があるが、

FF行動という概念がある。

要は、怒りの管理術である。

予期せぬ無慈悲な扱いに対してどう行動したらいいかという命題である。それを発表する。

Fight

Flight

いずれもFで始まるので、FF行動と言う。

戦うか逃げるか、という選択だ。

僕自身、1954年生まれで、団塊の世代から6年ほど若い。70年代の大学闘争を中学生時代見ていた。だから、学生運動には白々した思いがあり、戦う姿勢はない。

組織に入れば、無慈悲な扱いも何度も受けたが、

戦う姿勢はなし。常に、逃げる。無慈悲な怒りには、戦ってもしょうがないと思っている。

逃げると言っても、単にその組織から離れることだ。

捨てる神あり、拾う神あり。

拾って頂ける方も多い。しかし、別の組織に入っても状況は変わる。その時は戦わずに逃げる。

その繰り返しは、3回あったかな。

それでも生きているから人生は不思議だね。

クリスチャンでもあるし、苦難は元気の素でもある。

このブログの副題も、そう言っている。

今週の土曜には中学の同期会。2次会から参加予定。

60歳を迎えた中学生の45年後のお姿を見て、元気を倍増したいものだ。

2014年11月13日木曜日

2575:逆向き列車に乗るか?

昨日は久々いいテレビ番組を見た。

テレビ東京。日ごろ気に入っている番組が多いチャンネルだ。

毎日続く単調な生活や仕事。突然、今日一日休んで好きなことしませんか?と聞かれたらどうするか?

会社員

主婦

大方の人は、ダメという。会社は休めない、子供の習い事。。。

いろんな理由で断る人が当然多い。

まれにその提案にのってくる人がいるが、決していい加減な人じゃないんですね。会社や旦那に電話して了解を取れる。会社の上司や旦那も理解あり。

いくつかのケースがある。

1.SEで、生のイカを食べたい。
2.主婦で結婚式を挙げたい。
3.主婦で銀座でエステとお食事したい。
4.建設関係社員で、黒4ダムの放流を見たい。

それぞれ自然体でいい感じの人ばかり。突然の提案だが、迷わず受け入れている。

2.のケースは特に感激もの。4.はちょっと土木屋さん的な感じで、行きたいところも仕事関連だからちょっと夢がないかな。受けてくれると、会社のPRができるけど、58歳の部長は会社をPRしなかったな。1.の社員は、しっかりエンジョイして、会社もしっかりPRしてたね。

さて、なにが言いたいかといえば、人生突然チャンスがやってきたとき、それをうまくゲットするかということ。

会社員なら60歳の定年までいられればという人が多い。60歳から65歳まで嘱託でいられれば安泰。それでも65歳になれば会社を離れなければいけない。

定年を前に後に転職などいい話が出てきたら、どう判断するか?

逆向きとは言わないが、長い人生で方向性の違う道を選べるかというのは結構難しいね。

2014年11月9日日曜日

2574:帰国して2か月

1年半のアフリカ出張から戻り早や2か月。

この6年でも、海外暮らしは37か月で6か国。

帰国してテレビを見る機会が多いが、食べ物ばかり扱う番組が多いね。確かに日本の食生活は世界一だが、それだけかねえ。BBCやCNNで取り上げられる世界情勢が身近に感じないのは僕だけか。

いろんな課題も多々あるのに、テレビはおいしいものばかりがでてくるだけ。

何かねえ。アフリカの人々の生活を間近に見ていると、贅沢だねえ。と言って、幸せかどうか疑わしい。日本の将来も不安要素であふれている。

アフリカで粗食に慣れたからそう感じるし、60歳になってあんまり贅沢なことには興味なしだからそう感じるのかもしれない。

60歳から死ぬまであと何年か、と考えると、これからどう生きるかが僕自身の課題だ。

仕事。

趣味。

なんでしょうね。仕事的には目減りしているね。活躍の舞台も徐々に減るでしょう。

趣味、と言ってもねえ、海外でのコンサル活動が一番面白いしね。趣味でもあるかな。

日本での生活、といってもねえ、そんなに面白くもない。

どう生きるか、が問題だね。意味のあること、とは何かね。

サラリーマンじゃないので定年はないが、どう仕事を続けるか興味津々でもある。

まあケセラセラでもあるけどね。そうして60歳まで来たけど。さあ、これからどうなりますかね。

楽観、悲観でもなく、現実としてね。

中学の同期会も行きましょうかね。未だに迷っている。行って意味があるか??どうか。

2014年11月7日金曜日

2573:福生Nicolaからブログ再開

久々、1か月強ぶりののブログ再開である。

これまでいろいろ複雑で厄介な「雑用」があり、ブログを書く暇がなかったのだ。

今日は、奥さんと小旅行。

福生である。横田米軍基地周辺に行く。拝島駅の手前で、FENのスタジオを初めて見た。今は、AFNだが、FENの懐かしい名前がビルの正面にでていたのは懐かしいね。

拝島駅から歩いて福生駅まで。。。

Yokota Air Base沿いに歩いた。最後は、福生駅近くの大多摩ハムで大好きなウインナーを各種買って帰る。アフリカの5か月では、チキンのソーセージには飽き飽きしたねえ。

途中でのお昼は、あの有名な

「Nicola」

である。いい店だねえ、雰囲気が。昭和の匂いがする。実は、このNicolaは、Nicola'sと関わりがある。あの六本木のお店ね。1950年代、日本で初めてピザを提供したお店だ。伝説だね。

いろんな事情で、マスターの奥さんが福生にちょっと名前を変えて出したらしい。

イタリアをはじめ、アメリカ各地や色んな国で食べたけど、ニコラ風のピザはうまいねえ。ぜひ、行ってほしいね。下記写真参照。

福生だけじゃなく、清瀬や浦和にもお店があるので、今度は近くの浦和に行こう。

60歳を過ぎて最初のブログになるかな。

いろいろ書きたい話題もあるので、乞うご期待。