2008年11月30日日曜日

14:統合すべき課題:その26(トップダウンとボトムアップアプローチ)

本ブログ第7回で紹介したビスワスの41項目のうち、ここでは項目26のトップダウンとボトムアップアプローチの比較をしよう。両者が統合して初めて合格点だが実際は片方しかない場合が多い。

以前ご紹介した、南アフリカとアメリカがそれぞれトップダウンとボトムアップアプローチの代表格である。

まずはアメリカだが、90年代終わりにコミュニティーレベルの連携で流域管理の実践が行なわれた。watershed restoration managementが華やかなころである。それをヒントにプロポに使ったのは前々回で紹介した。そのアメリカには国家レベルでの水政策、法制度、行政組織のフレームワークは存在しない。これについても以前記した。ボトムアップ型である。

反対に、南アでは国家レベルで公式にIWRM戦略を積極的に推進している。しかし、各行政機関の連携は経験不足で今だ発展途上である。DWAFがIWRMの中心的役割を果たしているが、他機関との連携は多くの課題を残している。トップダウン型の典型といえる。

アメリカと南アのIWRM比較についてはコロラド州立大のボールウィーバー先生が詳しい。彼の論文の表が不備だとメールしたらご親切に直して送っていただいたことがある。南ア出身の方かもしれない。メール一本で信頼関係を形成できることは便利になったものだ。

アメリカは1980年代初頭までトップダウン型だったことを考えるとボトムアップアプローチとトップダウンアプローチの統合を模索しているかもしれない。実は、今年「21世紀水資源委員会法案」がでてきた。詳細は不明だが83年に解散された国家水資源委員会の復活かと推測される。

二つのアプローチの統合を成功しているケースを検索中だが中々見つけられないのが実情である。後日取り上げたいがトップダウンとボトムアップは中央集権と地方分権と関連もある。

インドネシアは今世紀に入ってT型からB型に推移したと思ったら数年前からT型に戻りつつある。フィリピンは一見T型だが部分的にはB型のようであり、良く見ると非T非B型で混迷している。ヴェトナムは超T型。各国の詳しい事情は別の機会に。

2008年11月29日土曜日

13:アメリカの統合的水資源管理(その2)

アメリカにはIWRM計画はないと以前述べたが、計画手法としてIWRMを取り入れたものは存在する。

04年であるから02年のWSSDや03年のWWF3の直後である。アメリカ工兵隊・土木事業戦略計画(04年からの5ヵ年計画である)。計画が実施されたかは不明である。09年が最終年であるから来年以降に結果が公表されるであろう。土木事業戦略計画とはすばらしい。日本では土木という言葉が死語化しているからだ。civil worksにこだわるエンジニア魂がうらやましい。

06年には、工兵隊IWRの専門家によってIWRMの定義と観念的思考(conceptual musingsだからもうこれは哲学か?!)というアメリカ人らしい論文も出されている。IWRMの4つの言葉の辞書的な定義から始まり、アメリカ及び工兵隊におけるIWRMの目標、、既存のIWRM定義との比較、流域管理との関連が論じられている。アメリカ人ですら辞書で確認するほどのIWRMだ。アメリカ人にとって、integratedはAとBが普通だ。50年代には黒人と白人が一緒に学ぶintegrated schoolが歴史に刻まれている。integrateの対象が無限では辞書を引きたくなるのも当然である。

昔は、と言っても70年代だが、交通計画の最先端を学びたければイギリス、水資源計画ならアメリカと言われていた(特に経済分析手法は)。実際、最高権威学者は夫々の国に居られた。80年代に入るとアメリカの水資源開発計画論は萎んだ。既に環境に話題は移っていた。あれから30年、アメリカがIWRMという欧州生まれ(フランスあたり)の概念と実践に立ち向かおうとしているのか?

2008年11月28日金曜日

12:コンサルタントしてIWRM計画にどう対応したらよいか

若干の経験からものを申すのも不遜であるが、自身の経験の整理として記したい。

以前WBの流域開発T/Aの団長をしたが、その時のTORではIWRMというコンセプトは全くなかった。精々watershed managementという考え方は提示されていた。プロポーザルでは当時アメリカで流行のwatershed restoration management手法の10法則を使ってTORを評価し、調査を実施する価値ありとした。大きな賭けだったが受注に至った。2度とは使えない手であった。WBのT/Aをやるチャンスはそうはないと判断した暴挙だった。

IWRMという観念とinstitutionsのcapacity developmentがTORに明記されたのは03年ごろADBのT/A案件で最初に見た覚えがある。

それ以降、JICA案件でも徐々にIWRMがTORに入ってきて、ここ数年では開発計画とともに統合的水資源管理計画の策定が当たり前となってきた。まだそれらの成果を比較する段階ではない。

ADBやWBのケースでは、水資源開発マスタープランの前段階であるframework策定段階でIWRM計画が実施されることが多い。水資源戦略、実行計画を含むIWRM計画となる。今後JICAでIWRM計画を実施する場合はWBやADBの事例を研究すると良い。また、南アのDWAF、オーストラリアやブラジル、アルゼンチン、カザフなども参考となる。残念ながらアメリカにはIWRM計画はない。工兵隊のIWRが水資源管理を担当しているのでアメリカのIWRM動向についてはIWRが大変役に立つ。

一方、欧米のコンサルタントもIWRMに特化した会社も多く、DHIは最先端を走っているといってよい。DHIオーストラリアのフーパー博士は第1人者であるのでフォローするとよい。時差が1時間のため彼にメールすると数分で応答があるので便利だ。彼らも最近はIWRMは誇張せず、basin governanceという言い方をしている。IWRM計画を影で支えている集団でもある。日本のコンサルがそこまで行けるにはあと何年かかるだろうか?

2008年11月27日木曜日

11:Biswas氏健在なり

今日偶々アルゼンチンのIWRM事例の論文探しをしていたら、偶然ビスワス氏の最新論文を発見した。

IWRAの08年9月号の論文で「Current directions: integrated water management - a second look」である。IWRMに対しての考え方は04年論文と変わらずと宣言している。流石だなー、と感心した。昨年スウェーデンで大きな賞を得ているので意気盛んである。04年論文も好評とかで670通のコメントのうち90%が彼のIWRM批判に賛同しているという。

論文の結論では、いずれドナーも開発途上国もIWRMの実施不可能さを認めるだろうと予言し、IWRM推進派も次第にIWRMを誇張せずに、多くのmeansをフォーカスするのではなく水管理のendsにフォーカスするだろうと。

かなり強気な発言であるが、正直言って反論ができない。02年のWSSD以来WWFも03年京都、06年メキシコ、そして09年イスタンブールと既に6年経過したが、コンセプトだけで一向に実現性が見えて来ない。

IWRMが水資源システム分析やISOの流行が去ったのと同じような運命になるのかが興味深いし、著名なIWRM推進派の発言やドナーの動向が気になるところであり、来年三月のイスタンブールでのWWF5が待ち遠しい。トルコで8年ほど仕事を連続してしたが、主催者のDSI(国家水利庁)の事業にIWRM的なものは一度も見たことがないので、どのようなホスト役をするのかが興味深い。南東アナトリア地域のGAPは案外good practiceとして取りざたされるかもしれない。小生も88年から89年GAPに関わったが、下流の水需要を無視して水資源開発計画を実施した経験がある。若気の至りである。

ビスワスはカナダ人だが、もう一人辛らつだが賢者の誉れ高い水文学者Klemesもカナダ人である。この二人のカナダ人水資源専門家に勝てる論客はそうはいない。Klemesは生涯弟子を持たなかったが、私は彼の弟子だと勝手に思っている。

結論として、自分はIWRMの全てのmeansを扱うことは諦めているが、それらで最も重要な課題には取り組んで行きたいと思う。ひとつ二つでも大変なintegrationではないだろうか。

2008年11月26日水曜日

10:中央アジアの渇水問題(その2)

そもそも貯水池の水位が下がったことだけで渇水とは如何なる心理なのか?

通常貯水池計画では水位が下がることは想定済みであり、FSL(常時満水位)とMSL(低水位)の間での水位が変動する。貯水池には二つのタイプがあり、経年貯留(over-year storage)と単年貯留(within-year storage)がある。単年貯留ダムは調整量が小さくほぼ毎年FSLに復帰する。しかし、経年貯留ダムは調整容量が大きく、FSLに復帰する期間は10年に及ぶ場合がある。シルダリア川上流のトクトグルの場合は10年に一度の渇水を想定し主に下流の灌漑用水を満たすためのダム運用を想定していた。従って最低水位になることは想定内の現象である。

水力発電を有する同ダムはソビエト時代には冬季発電放流は毎秒180トンに抑えられていた。しかし、ソビエト崩壊後、キルギスのエネルギー事情は悪化し、冬季の暖房用エネルギーを水力発電に依存せざるをえなくなった。全電力の40%を担うトクトグルが灌漑を主たる目的として運用されたモードから発電モードに変えられてしまったのである。

そのため冬季凍結する下流河川では人工洪水が発生し、また4月以降のかんがい用水量が不足する事態が起こってきたのである。水位低下も人為的な操作の結果である。

従って、当初計画どおり発電モードを灌漑モードの運用に変えれば人工の洪水や渇水が起こることがない。ソビエト時代にintegratedされていたシルダリア川も3カ国に上下流で分割され、下流のニーズに上流が対応することはなくなってしまっている。

関連上下流国全てがwinになるためには、一度全ての国がloseする必要があるかもしれない。それが今後4ヶ月ほどで分かることになる。

2008年11月25日火曜日

09:中央アジアの渇水問題(その1)

中央アジア諸国は5カ国から成る。ウズベキスタン、カザフスタン、キルギス共和国、タジキスタン、そしてトルクメニスタンである。

彼の地を意識したのは、92年ごろトルコのアンカラ空港で突然見知らぬ外国人に呼び止められた。彼は見たところ日本人にそっくりで、意味不明の言葉で熱く語りかけていた。英語が少し分かるらしく、彼がカザフスタンからトルコに研修で訪れ、祖国を離れ同国人を見たので話しかけたとの事。それだけ顔が似ていたのだろう。離れ際にさびしそうな表情をしていたのを今でも覚えている。

その後中央アジアに一度は行きたいと願ったが、ソビエト崩壊後日本政府がODAで参入するにはしばらく時間がかかった。95年から00年まではイランの仕事があり、北京からイラン航空でテヘランに向かう途中、ビシュケク、アルマータ、タシュケントなどの首都の明かりを機上から見るだけであった。

初めて中央アジアを訪問するのは05年であった。それ以後06年にも行く機会があった。

その中央アジアだが、今年初めから渇水の兆候が見られ、今年の冬から来年にかけて大渇水による水資源、エネルギーそして食糧危機が懸念されている。世銀やUNDPが主導で各国の協力を呼びかけている。先週火曜日にはドイツ政府が主導した国際会議が開催されているはずであり、その結果が如何なるものか報告を待っている。

渇水の兆候はシルダリア川の上流にあるキルギスのトクトグル貯水池の水位がここ数年下がり続け、来年春までに最低水位まで落ち込み、灌漑用水の供給が不可能となるというのが危機の要因である。

渇水には、大きく気象的、水文的、人為的の3種類があるが、主たる原因はトクトグルの貯水池運用という人為的な要因と考えられる。1911年から97年間のシルダリア川中流域の年間流量を見てもここ数年の流量が長期的に見て渇水だとは言えない。一方トクトグル上流域の流入量の凡そ40%は氷河や融雪によるものであるが、気候変動による影響かは信頼すべきデータがないので何とも言えない。

UNDPなどの国際機関や各国専門家間では渇水かどうか賛否両論あると聞いている。UNDP中央アジアヨーロッパ局から依頼され、水文情報を解析した結果を送った際には渇水の定義に基づき議論すべきを助言している。それにしても、IWRMがお盛んな昨今、国際機関に水文や貯水池運用について知見のある人がいなくなってきているのだろうか?管理ばかりで計画手法の基本を失っては管理どころではない。

現在、2週間ごとに主要大貯水池のデータが現地より送られてくるので、危機が迫った時には関連国際機関に知らせる体制になっている。コンサルタントは無償でサービスすることは少ないが、危機管理上の貢献である。国際機関やドナーの方々は権威や地位に拘りなくお付き合いができるので面白い。

後半年の間で、中央アジアの渇水が発生するか食い止められるかが判明することになろう。

08:緒方貞子さんの英語

IWRMには関係ないことをご紹介する。

今日は新JICAとJICA研究所の設立記念のシンポジウムに参加した。新JICAの方向性とJICA研究所の戦略を知りたかったからだ。

しかし一番感動したのは、緒方理事長の英語である。北カリフォルニア的な米語の発音と教養の豊かさと育ちの良さを感じさせる。これまでのご経験から習得された、心に響く語り口でもある。

日ごろ日本人の英語を耳にすることが多いが、緒方さん以上の感銘を受けたことは一度もない。不思議な感覚でもある。チャーミングなお姿もすばらしかった。

JICAも緒方さんのようなトップがおられることは幸いである。

生まれ、育ち、教育、仕事というプロセスの結果なのであろうが、それ以上に宗教観という要素もあるかもしれない。今日は久々、マザーテレサとお会いした24年前以来の感動であった。

2008年11月24日月曜日

07:Biswas氏が提示した統合すべき水資源課題のリスト(和文)

これまで散文的に記した内容が多いので、少しずつ具体的な情報も提供しようと思う。下記は08年Biswas氏が35から41項目にアップデートしたものの和訳版である。私的な訳であるのでご注意。

当然と思われるコンビネーションが多くあり、若干重複するものもあるが、本来全ての項目間で更なる組み合わせがあり41個の核的なリストと言えないだろうか。彼の論文(英文はネット検索で「Biswas」、「IWRM」などと検索してダウンロードできる)自体に100%賛同する立場ではないが何がIWRMなのかを考えるための推奨できるリストと言える。

01. 重複する複数目標(経済効率、地域の所得再配分、環境基準、社会福祉など)
02. 水の供給と需要
03. 表流水と地下水
04. 水量と水質
05. 水資源と土地に関わる問題
06. 各種の水利用(生活用水、工業用水、農業用水、水運、リクリエーション、環境、水力発電)
07. 河川、帯水層、河口、沿岸水域
08. 水資源、環境、生態系
09. 上水と下水
10. 都市と地方の水問題
11. 灌漑と排水
12. 水と衛生
13. 大規模、中規模、小規模な水資源プロジェクト及びプログラム
14. 国家、地域、ローカルレベルの水関連行政組織
15. 公共及び民間セクター
16. 政府とNGO
17. 各種水利用のニーズを満たすための貯水池放流の適時性
18. 水に関わる全ての法的枠組み
19. 水管理に利用できる全ての経済的手法
20. 上下流の課題
21. 利害関係者の多様な利害
22. 国家、地域、国際的な課題
23. 水関連プロジェクト、プログラムおよび政策
24. 水に関わる全てのセクター政策
25. 越境河川問題
26. ボトムアップ及びトップダウンのアプローチ
27. 中央集権及び地方分権
28. 国家、地方、ローカルレベルの水資源関連活動
29. 国家及び国際的な水政策
30. 各種水利用に対する放流の適時性
31. 気候、生物、人間、環境などへの影響
32. 全ての社会的集団(富者と貧者)
33. プロジェクトの受益者と費用負担者
34. サービス供給者と受益者
35. 現在及び将来世代
36. 国家のニーズとドナーの利害
37. ドナーの活動と利害
38. 水質汚濁、大気汚染、ごみ処理
39. 多様なジェンダー問題
40. 現在及び将来の技術
41. 水資源開発と地域開発

IWRMに関わる研修や調査計画を進める上で、現状の水資源管理の現状分析、ニーズ、検討優先順位などの検討・整理の予備的な作業に役立てそうだ。

本ブログの各論的な話題提供のラベリングにも使えそうだ。これと同じように、Water Efficiencyについても整理できるのでこれについてはまた作成したい。下記にいくつか紹介したようなintegratedで始まる類似の略語はあるがそれらについてはIWRMに包括される概念として本ブログでは言及しないこととする。

1. IRBM (Integrated River Basin Management)
2. IFM (Integrated Flood Management)
3. IDRM (Integrated Disaster Risk Management)
4. IEM (Integrated Environmental Management)
5. IWM (Integrated Watershed Management)
6. ILBM (Integrated Lake Basin Management)

2008年11月23日日曜日

06:国家水資源管理及び水利用の効率化計画の実例はあるのか?

本ブログがIWRMを取り扱うためまだ内容が発散しているのは仕方がないかもしれない。いずれ収束した内容になるが、ここで国家IWRM及びWE計画の実例を見てみよう。実は02年WSSDでは05年までに参加国で計画をまとめることになっていたがその実例はあまりにも乏しい。

全てを把握しているわけではないが、小生が知りうる国家IWRM&WE(Water Efficiency)計画はカザフスタンである。UNDPの支援の下05年にドラフト計画が発表されている。

近隣のウズベキスタン、キルギス共和国、タジキスタンの3カ国ではほぼ調査計画が終了し公表が待たれている。

さて、カザフの実例であるが、前述のビスワスの統合すべき課題全てを包括してはいない。通常のプロジェクトベースのマスタープランに比べ根拠のあるデータを積み上げたものとは思われない。WEにしてもロードマップ的な内容に留めている。

絵に描いた餅的な印象を受けた。果たしてIWRM計画とはどのようなものなのだろうか?まだまだ模範にすべき例題はないのだろうか?

先輩格の南アフリカのDWAFの例題については次号以降で報告する。

05:DSSやMCDMはどこに行ったのか?

前号でも登場したDSS(Decision Support System)やMCDM(Multi Criteria Decision Making)は80年代から注目され水資源システム分析手法の先頭を走っていた。水資源管理が90年代に注目されるとDSSやMCDMは影を潜めたように見えた。

最適化手法が実際の水資源管理開発にうまく適用されないことなのかは、或いは既に定着したのかは確信が持てないが、IWRM或いは目標とされるSDの評価手法としては認定されているのではないかと考える。

さて、最近DSSがIWRMの評価手法として注目されている。コンセプトやプログラムだけではIWRMの効果がないことなのか、プロジェクトとの連携と共にDSSの構築の必要性が世銀やアジ銀のT/Aのコンポーネントにあることが多く見られる。

90年代に一旦萎んだDSSやMCDMがIWRMの高まりの中で浮上してくるのだろうか?

DSSの権威はコーネル大のLoucks教授であり昨年だったか水資源システム分析の集大成をまとめている。MCDMはここ10年フォローしていないがジョージア大のSteuer教授を中心とした国際学会があり、久々フォローしようと考えている。

SD達成に向けたIWRM運動の高まりの中で、DSSやMCDMといったシステム分析手法が再登場される予感がしている。

04:アメリカ水資源管理は統合されているのか?

先日あるセミナーでアメリカ陸軍工兵隊水資源研究所(IWR)のStakhiv氏(ジョンズ・ホプキンス大で水資源システム分析で博士号取得と聞いているので同大で有名なコーエン教授の流れを汲むと思われる)の講演を拝聴した。アメリカでもいよいよIWRMの実践を目的としてUNESCOの一組織が作られ、彼がその技術的な指導者となる。彼の講演ではアメリカの水資源管理がIWRMに沿ったものであるとは述べられていなかった。実は彼の論文の中でアメリカの水資源管理はdisintegratedであると嘆いており、IWRMの適用が必須であると主張している。

60年代ケネディー大統領の政治的なリーダーシップによって水資源の効率的・システム的な開発が推進された。ハーバード大の研究者チームによる水資源システムのデザインという名著があり、この本が80年代後半まで続いた最適化手法の始まりである。

一方、60年代初めには国家水資源委員会が設置され、法整備も進んだかに見えた。

80年代に入ると、カーターからレーガン大統領への移行という政治的な変化で、国家水資源委員会は解散され、それ以降水資源管理は州政府ごとに実施することになる。トップダウンからボトムアップ手法への転換である。

現在、国際的なIWRMという流れからアメリカでも国家的な主導の復活が必要との考えが出始めている。いよいよ世界的なIWRM運動にアメリカが参加する様子が垣間見れる。

アメリカはIWRMの先進国というイメージがあるが、意外にそうではないということが分かる。

2008年11月22日土曜日

03:WCDのその後とIWRM運動の現状

前号の続きである。

WCDは01年委員会が解散され、ガイドラインの編纂と発表と共に活動は終わった。当時はダム開発に関するセンセーショナルな内容であり各国の反応も注目された。これまでの7年でWCDの活動はすっかり影を潜めている。母体のUNEPが細々とフォローしているのが実情である。

一方、IWRMは03年世界水フォーラムで華々しく取り上げられ、06年、そして来年09年のWWFでも今だ衰えずという状況である。しかし、プログラムを主体とする発想もIWRMの実施には触媒的な効果が薄いという事例が多く、世銀やアジ銀などはプロジェクトをプログラムと平行して進める判断も出始めている。ソフトとハードの統合が必要であることが認識されてきた証拠でもある。

IWRMのコンセプトの理解、計画の策定、そして実施というプロセスは触媒的なプロジェクト実施と共に進めることの重要性は定着しつつある。

世銀アフリカ局のある部長は水資源開発及び管理を進めるためには、次の3Iを提唱していた。

Infrastructure
Information
Institutions

インフラ整備・開発が、ある意味悪という意識がWCDガイドライン作成時にあったが、開発なくして貧困軽減はありえないという現実が認識されたのであろう。

次号では、アメリカにおける水資源開発管理の変遷について概観する。

2008年11月21日金曜日

02:どのような課題を統合する必要があるのか?

04年にインド系カナダ人のBiswas博士が35種の統合すべき課題のセットを公表した。既存の研究報告からまとめたものだ。4年後の今年初めには41種として再公表した。

ビスワスは70年代から水資源分野の権威者の一人であり,、昨年はスウェーデンの水資源関連組織から過去の貢献に対して表彰を受けている。国際水資源学会の初代会長でもある。奥様は現会長である。 余談だが、この学会もビスワス氏の奥さんが会長になり、学会内は混乱し、事務局もカナダから南アフリカに移った。残念ながらdisintegrated状態だ。

個人的には86年開催されたイタリアのセミナーで初めてお会いし、大変お世話になった記憶がある。発表者や参加者がほぼ研究者である中で、小生だけが民間であったためモデュレーターのコーネル大のラウス教授(水資源システム分析やDSSの先駆者)が訝しいとのコメントされた際、ビスワス博士は「水資源に研究者だけが関わること自体がおかしい」とコメントされ会場に拍手が起こったのを覚えている。

さて本題であるが、ビスワスの論文自体は見かけ上IWRMに対して大変批判的な内容であるが、IWRM推進派よりIWRMのあるべき姿を理論的に論じたすばらしいものである。それだけに価値のある論文と理解している。IWRMでは何を統合するのかと聞かれて正しく答えられる人は数少ないのが実情である。これはISOの重要性が高まり、どの企業もISO9001認定に躍起になっていた現象と似ている。

一方、IWRMが提案されたWSSDだが、もうひとつのテーマがあった。それは水利用の効率化である。それらの国家計画を05年までに達成しようとするのが会議の主目的であったことは意外と知られていない。

また、00年にはWCD(世界ダム委員会)がダム開発に関わるガイドラインを作成し、世界的に大きな反響があった。これがIWRM推進と大きく関わっていると考えている。いずれも南アフリカで発信されたことも関係がある。現在、IWRMとWCDのガイドラインを旨く実施に移している代表的な国は意外にも南アフリカである。

続きは次号にて。ビスワスが示す41の項目については次号以降で記して論じることとする。

2008年11月19日水曜日

01:ブログ(IWRM)の開始

本日より統合的水資源管理についてのブログを開始します。

02年南アにてヨハネスブルグ会議(WSSD)が開催され、国際的に持続的開発を実現するための統合的水資源管理、所謂IWRMの推進が宣言された。03年日本で第3回世界水フォーラムが開催されIWRMが日本でも注目されるに至りました。

02年WSSDで提唱されたIWRMのコンセプトも世界的に定着されているが、国家的なIWRM計画策定やそれに基づくIWRMの実施は期待されたほど進んではいないのが実情です。

これまで英語によるIWRMの情報は多々ありますが、日本語での情報は非常に限られたものとなっています。グーグルでの検索では、日本語情報は英語情報の二千分の一程度という悲しい状況である。

こうしたことから、ブログにて出来うる限りIWRMに関わる資料、文献、各国事情、今後の動向などを気まぐれに記したいと思います。人生での下山の時期に差し掛かっているので備忘録として、そして偶然このブログを目にした若手コンサルタントへの一助となれば幸いである。